対馬の樹


WEBサイト『対馬の樹』より
by tsushimanoki
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WEBサイト『対馬の樹』のコンテンツ「対馬のこと」をご紹介しています。皆様のご意見やご感想をお待ちしています。
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<   2008年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧


対馬にて 宮本常一氏の取材を受けた方

民俗学者の宮本常一氏の取材を受けた、糸瀬博さんを訪ねた。上対馬町唐舟志(とうじゅうし)にお住まいの88歳。小さな砂浜に面した場所にぽつんとある一軒家に暮らされている。波音以外にはほとんど何も聞こえないくらいに静かな場所である。糸瀬さんは、身なりとその身のこなし方、頭の回転の速さから、本当にこのお歳なのかと思ってしまうくらいの方だ。かくしゃくとしたご老人というのはこういう方のことを言うのだろう。

糸瀬家は対馬藩藩主の宗家一族の分家にあたり、 かつては武家として当地一体を治めていた。 宮本氏の取材は、糸瀬家に伝わる捕鯨の記録について。「寄鯨(よりくじら)※の記録」として、何艘の船が出て、そして肉をどう加工し、どこへ出荷したかなどが書かれている。塩漬けの鯨は大阪まで出荷されていたそうだ。当時、「鯨一頭で5ヶ村が潤う」と言われる程、鯨は貴重な現金収入源だった。そのために、このような記録がなされたのであろう。
※寄鯨(よりくじら)とは、死んで間もない鯨を捕獲する漁。生け捕りよりも少ない労力で捕獲することができる。

宮本氏はこの古文書をすらすらと読んだということだ。「多くの学者と出会ったことはあるが、特にずば抜けた人と思った。彼はたった一人で島内を回って黙々と取材をしていた」。糸瀬さんのすごいところが、宮本氏に取材の証を残させたところ。書かれた内容は以下の通り。

昭和二十五年八月四日 拝見
漁業関係 古文書
特ニ共有 利度資料として 尊重すべきもの
東京都中央区河島 東海区水産研究所
資料整備委員会 宮本常一

宮本氏の著書、「忘れられた日本人」には、若かりし頃の糸瀬さんの写真が掲載されている。キリリとした風貌は、まるでトップアスリートのようである。かれこれ50年以上も前、この地において、壮年期の宮本氏と糸瀬さんが出会い、そしてどんなことを語り合ったのだろうか。

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by tsushimanoki | 2008-07-29 10:32

ご報告 「対馬市応援団」のメンバーに承認されました

「対馬にてシリーズ」の途中ではありますが、取り急ぎご報告したい旨がありお知らせいたします。

このたび、対馬市より「対馬市応援団」のメンバーとして承認されました。対馬市の振興に寄与する活動をしていると市長の承認を得た者が、会合に出席をさせていただいたり、市長に対してご意見などを差し上げたり、また、活動資金の一部を対馬市より支援いただくというものです。

市役所勤務の友人、稲垣久美子さんの推薦を経て、市長の承認を得ました。私の活動に対し、早くから高い関心と理解を示してくれ、そして素早い対応をしてくれた稲垣さんに心から感謝しています。また、このような制度を発足させ、私を承認してくださった財部市長に深くお礼を申し上げます。

早速、公務で福岡へいらした財部市長と面談をさせていただき、私自身の経歴や活動の趣旨などについて説明をさせていただきました。市長のお人柄、情熱に触れ、お気持ちに真摯に応えたいと思っております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

□対馬の樹 http://www.tsushimanoki.net
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by tsushimanoki | 2008-07-28 10:02

対馬にて 環境省・対馬野生生物保護センター

対馬北部の上県町にある、環境省・対馬野生生物保護センターを訪ねた。対馬南部の厳原町より出発したために、遠いこと遠いこと…。本当に久しぶりに2時間にわたる長距離単独ドライブを敢行した。道中に野生の美しいキジが現れたりで、往路はるんるん気分。帰りはさすがにくたびれてしまったが。

所長の佐々木さん、そして「対馬の樹」の開設当初よりやりとりをさせていただいていた大谷さんを訪ねた。先にご紹介したとおり、お二人はとてもお若くて本当に驚いた。国の機関にいらっしゃいそうな、いかにもなおじちゃまを想像していたので…。薄緑色の作業服ではなく、ポロシャツ姿にもちょっとびっくり。しかもご出身はそれぞれ神奈川県と栃木県。はぁ~、立派な方がいるものです、この世の中には。私の両親いわく、「好きなことをやっとうっちゃけん、そんなにありがたがらんでも」ということだけど、もし自分の子どもだったらどう思う?って思った。

観察用に一般公開されているツシマヤマネコを見せていただいた。しばらくすると、檻に迷い込んだトンボが現れて、そいつをめがけて大きくジャーンプ!あっけに取られて、最初は「は?」という感じであった。3年前に見たときも、寝床でじーっ…。ライブ画像などでも、いつもいつも寝床でじーっ…。昼間のツシマヤマネコというものはそういうものだと思い込んでいた。ところが、今回はこのトンボのおかげで、敏しょうな動きを目の前で披露してくれた。佐々木さんも大谷さんも、「こんな姿は我々もほとんど見たことがありません…」と。私、超ラッキーやん♪日頃の行いがいいけんやろうね♪目の前で動いているツシマヤマネコ、前に拝見した本にも書かれていた通り美しくて、普通のネコとは違う堂々たる動きであった。私の後に入ってきたおじちゃん3人組も感動して携帯で写真を撮り始めた。私も慌ててデジカメでパシャパシャ。いい絵が撮れたぜ!ありがとう、○○ちゃん!(まだ名前が決まってないそうです)。

その後、館内をご案内いただく。ツシマヤマネコの生息している場所のジオラマやら餌の骨格標本やら。ヘビ・カエル・ネズミなどの骨格標本は初めて見た。爬虫類が苦手なので、ひょえーと思ったが、「『どうぶつ奇想天外!』に出演していらっしゃる千石先生が珍しがって、いたく気に入って写真を撮りまくってましたよ」と聞き、それならばとパシャリ。ツシマヤマネコの糞に混じる骨をこの標本に照らし合わせて、何を食べているのか確認するのだそうだ。

佐々木さんは、このセンターの活動や考え方を丁寧に説明してくださった。ツシマヤマネコを守るためには、ツシマヤマネコが生息する里山全体のことを考えなければならないということ。昔のように里山が機能しなければ守りきれない。そのためには、地域の住民の方と一体になって取り組む必要があると。かつての農法で作った米をブランド米として売り出せるような取り組み、子どもたちに里山の重要性について理解してもらう取り組み、そういった活動を地道に続けていらっしゃるそうだ。佐々木さんは、これから舟志(しゅうし)という地域の草刈に行くとおっしゃった。地元の人間と一緒になってツシマヤマネコを守るんだというパッションが伝わってきた。

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by tsushimanoki | 2008-07-25 12:51

対馬にて 勝見海水浴場

台風の進路がずれてくれたおかげでちゃんと海水浴もできた!もうだめだろうと諦めていたので喜びもひとしお。私自身、海水浴は数年ぶりだったので、なおさらであった。一応、シュノーケリングセットは持参したのだが、波が高くて怖かったので断念。地元の中学生くらいの兄ちゃんたちがやっていたので、いっちょうやってみるかと装着だけしてみたものの、「あー、やっぱしやめとこう」とおめおめと外した。主に波打ち際で波と戯れたり、チビたちとバチャバチャして遊んだり、先述のように波逃げとか波飛びをして遊んだ。やっぱ、海はいいよなぁー。夏の対馬、サイコー!

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by tsushimanoki | 2008-07-24 13:47

対馬にて 対馬の野鳥写真展

7月19日(土)のお昼過ぎ、高速船のジェットホイル「ヴィーナス」で対馬厳原港に到着。台風はどこへやらのいいお天気。波もたいしたことはなく、私と妹のりっちゃんと甥っ子二人は、快適な船旅ができた。甥っ子たちは最初の2時間までは、それぞれ私とりっちゃんのひざの上で、外を見てみたり、おやつを食べたり、テレビを観たり、ミニカーで遊んだり、たまに飛び跳ねたり、船旅をエンジョイしていたが、2時間を過ぎるとさすがに飽きてきて、「対馬、まだ?遠すぎ!」とか言い始め、うつらうつらとうたた寝を始めた。寝ぼけた顔の二人を引き連れて両親と再会。

それから、「対馬の樹」を開設してからというもの、ずっとお世話になっている國分英俊さんにお会いし、國分さんも作品を出している「対馬の野鳥写真展」へ。國分さんいわく、「こんなに様々な種類の野鳥を一同に観察できる場所は対馬以外にはない。春と秋の渡りの季節、そして夏の子育てと越冬の季節、実に多くの野鳥が対馬を訪れている」ということ。かなりの点数の美しい写真が展示され、ほとんどが知らないものばかり。遠方より野鳥観察のために対馬に来られている方がいるというのは知っていたが、この写真展を観て、そりゃあそうだろうよと思ってしまった。バードウォッチャーにとっては垂涎のスポットなんだろう。

中でも珍しい「バンケン」という野鳥を紹介していただいた。その名にあるとおり、番犬みたいに「ワンワンッ!」と鳴くのだそうだ。「えぇ~っ!何で?別にワンワンとか鳴かんくてもねぇ。何の理由でそんな鳴き方を始めたっちゃやろうか」と驚きと疑問がわいてきた。母とりっちゃんは、白いボディーに黒いおかっぱ頭みたいな小鳥にはまっていた。父は國分さんにかなり長くて大きい望遠レンズがついたデジカメを紹介され、「おー、こりゃすげー、かっこいい!」というような表情をしていた。

外を飛び回っている鳥といえば、カラス・トンビ・スズメ・ツバメ・メジロ…これくらいしか知らない。といっても生態などは全く知らないのだが。野鳥の世界はこんなに豊かで、そして美しいのだということを教えていただいた。

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by tsushimanoki | 2008-07-24 13:45

とりあえずのご報告

7月19日から22日にかけて対馬に帰省した。お会いしたかった方にお会いでき、行きたかったところに行くことができ、大満足だった。台風が心配であったが、進路がずれてくれて、無事に泳ぐこともできたし!美津島町の勝見海水浴場で妹のりっちゃんと甥っ子たちと泳いだ。波が高めだったが、波乗りならぬ、波逃げか波飛びというような遊びを、チビたちと楽しむことができた。

環境省・対馬野生生物保護センターでは、普段はじーっとしているツシマヤマネコが、敏しょうな動きを披露してくれた。私が訪ねた際に、たまたま檻の中にトンボが迷い込み、それをめがけて寝床から勢い良くジャーンプ!これにはセンターの方も驚いていた。「こんな姿はほとんど見たことがありません…」と。ヤマネコの熱烈大歓迎を受けて、私はものすごくテンションが上がってしまった。やはり家猫のようにキョロキョロしていなくて、悠然とした動きをしていたので、さすがだなーと思った。

佐々木所長と主に教育現場を担当している大谷さんにご案内いただいたのだが、お二人ともに本当にお若いのに驚いた。「おじちゃんを想像していたんですけど、お二人ともお若いですねー。すごいですねー。はぁー、立派ですねー。えっ?お二人ともに関東出身なんですか?はぁー、こんな辺境の地まで来ていただいて恐縮です…」と、ハンカチ王子やハニカミ王子など、王子シリーズを絶賛するおばちゃんのようになってしまった。こういう素晴らしい青年たちとお話しをさせていただけて、さらに上機嫌になったのだった。

それから、國分英俊さんにご紹介いただいた、糸瀬博さんという88歳のおじいさまのもとへ。この方は、民俗学者の宮本常一氏の取材を受けた方。「もうこの先はしれとりますけ、色々話をしとかんなならんと思います」と言って、宮本氏の話も含め戦争体験など、貴重なお話しを立て板に水のごとくお話ししてくださった。同居されている娘さんに、「話をまともに聞いていたら夜中になりますから、きりのいいところでお帰りになってください。家まですごく遠いでしょう?」とご指摘を受けるほど。話は尽きることがなかったが、「またお話しを聞かせてくださいね、私のことを覚えておいてくださいね」と言ってお別れをした。でも糸瀬さんは、「昔は頭がよう働きましたが、近頃はだめで、次は覚えとらんかもしれん」とおっしゃった。88歳にしてかなりの頭の回転の速さ、そして詳細にわたっている記憶。「私は文武両道やったんですよ」というのは真だと思った。どうか次にお会いする日もお元気で。できれば私のことも忘れないでいてくださいね!

明日以降、詳細にわたってご紹介をしていきます。
私の水着姿も登場する予定です。お楽しみに!

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by tsushimanoki | 2008-07-23 00:02

季刊誌「うかたま」

島を扱った雑誌に、前よりもかなりビビッドに反応するようになった。農文協の季刊誌「うかたま」の最新号の特集は「島のごはん」である。もちろんまずは対馬、それから壱岐、五島、そして佐賀と福岡も…、これらには目ざとく反応した。対馬の「ヒジキの煮しめ」、「クロイオの皮焼」、壱岐の「茎ワカメの味噌漬け」、「ウニの厚焼」、五島福江の「キビナのいり焼き」、佐賀県馬渡島の「アラカブの味噌汁」。

「クロイオの皮焼」はクロイオの皮の部分を軽くあぶったもので、醤油か酢味噌で食べる料理である。これは食べたことがない。美味しそう。食べたいなぁ。壱岐の「ウニの厚焼」は3月のご馳走ということで、おっしゃる通りこれは大変なご馳走だと思った。鶏卵がとても貴重だった時代には、これ以上贅沢なものはないくらいの食べ物だったのではないだろうか。佐賀県馬渡島の「アラカブの味噌汁」は対馬でもよく食べられている。なんといってもだしが美味しい。あー、食べたくなってきた。

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by tsushimanoki | 2008-07-14 00:10

江副直樹先生のもとへ

コピーライター業を経て現在はプロデューサー業をされている江副直樹氏のオフィス「分母庵」を訪ねた。私と対馬の友人の飯束くんとで訪ねた。

飯束くんは、この「対馬の樹」で頻出している飯束商店の息子さん。京都大学と大阪大学で哲学を学び、幸か不幸か、5年前より長崎県の職員となり、現在は対馬に赴任中である。30歳間近まで、ビンボー学生生活、ストイックなまでに愚直に学問に向かった彼は、やはり私などの想像を絶する苦労もしており、そして当然ながら、知識のスケールの大きさに会うたびに驚かされる。「対馬の樹」の理解者ではあるものの動きの鈍い人で、私は「こいつ、つかえねー!」と文句を言いつつも、良き相談相手だと思っている。

江副さんは9年前から福岡市から遠く離れた、大分に程近い東峰村(とうほうむら)に暮らされている。築70年の農家の家にご自身で少しずつ手を入れて、現在のような素敵な住居兼オフィスを完成させられた。趣味(という域ではなかろう)のヤマメのフライフィッシングが高じて住居を移され、そしてその暮らしを中心にすえた働き方をなさっていらっしゃる。もうなんともフリーダム、そしてなんともかっこいい方。

私は単純に江副さんの住居とオフィスを見学したいという思いがあったのと、飯束くんに江副さんを引き合わせたいと思ったため、このたびの来訪を計画した。それがそれが、話しが大いに盛り上がり、江副さんはまるで幕末の私塾の師匠ように、若き二人に様々なことを教えてくださった。(一応、私たちは若者グループという認識です)。

江副さんは町おこし村おこしの仕事も手がけられており、専門学校で非常勤講師として教壇にも立っていらっしゃる。冷え込む対馬をどうしたらよいかという問いに対して、様々な仕事の事例を引き合いに出されながら方法論を述べてくださった。そして県の職員である飯束くんには、なんと彼の働き方や生き方にまでアドバイスをしてくださった。

対馬のこれからを考えていく上では、島内だけでどうにかしようとするのではなく、島外の有識者などと一緒になって進めていかなきゃねということ。また、前例や他の地方自治体などの成功例を参考にするのではなく、「とにかく突き抜けろ!ブレークスルーを!」というのが江副さんのアドバイス。ただし、素っ頓狂なことをやるのではなく、そこはしたたかに戦略を立てて動けと。はいーっ!がんばりまっす!

●有限会社ブンボhttp://bunbo.jp/

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by tsushimanoki | 2008-07-07 14:49

山童(やまわろう)の原画をお預かりする!

先にご紹介した「山童(やまわろう)の棲む森」のイラストを描き起こし、口伝えの民話を記録として残そうと活動をされている阿比留敏洋さんにお会いできた。2ヶ月近く前からお会いしたいと思っていた方とやっとお会いできてほっとした。昨日、原画をわざわざ持ってきてくださり、やはり原画はとてもきれいで感動を覚えた。阿比留さんは高校を卒業してから30年以上ずっと福岡で暮らしていらっしゃる。民話が多く残る対馬最南端の「豆酘(つつ)」でお生まれになり、民話を聞いて育ったそうである。

10年ほど前に、山童(やまわろう)のイラストを厳原町の発行する冊子に提供し、4年前に本格的な制作を始められたそうである。そして阿比留さんの友人の足利谷淳氏が文章のリライトをし作品として完成させた。「民話には社会道徳を教える役割があって、自然、食べ物、人と人とのつながり、そういうもんを大切にしなきゃいかんということを、自然に教わった」とおっしゃっている。阿比留さんは自費で手作り製本をし、対馬の中学生に卒業プレゼントとして贈ったりされている。

なんとまぁこのせちがらいご時世に奇特な方なんだろうか。民話で育った人というのはこういう大人になるということなのかな。何とも温かみのあるこの本を、私にも一冊プレゼントしてくださった。そして「対馬の樹」での掲載も快諾いただいた。近日中にこの物語をアップするので、どうぞお楽しみに!!

□対馬の樹 http://www.tsushimanoki.net
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by tsushimanoki | 2008-07-04 12:32

君枝おばあちゃんの梅肉エキス

東京から戻ってお腹を下してしまった。道中は緊張のためか体調を崩すことは無かったのだが、自宅へ戻って安心したのか、はたまた無理をしすぎてしまっていたのか…。出るもの全て出尽くした感があり、私の腸内はさぞやきれいになったことだろう。

冷蔵庫に常備薬として置いている、君枝おばあちゃんの「梅肉エキス」を飲んだ。私はなかなかお腹を壊すことがないので、めったにお世話にならないのだが、今回、久しぶりに力を借りることとあいなった。その効果はてきめん!ということはないのだが、今日は治っている。昨日は何回トイレに駆け込んだことやらだったのに。

君枝おばあちゃんは毎年、梅肉エキスを作っていた。母と同居するようになったので、色んなことをリタイヤしていて、今はやっていないようだけど。梅肉エキスは大量の梅が必要だし、相当な手間がかかるため、そんなに誰にでもほいほいあげていないと言っていた。日本各地に暮らしている、君枝おばあちゃんの本当に大切な人に送っていると話していた。大切な人に心を込めて何かを作って毎年送るって、なんかこういうのいいなぁと思った。だから、君枝おばあちゃんに教えを乞い、さらしと陶製のおろしを授かってはいる。でも、まだ作ったことはない…。先述の梅干もしかり。

梅肉エキスをデパートなどで見てみると、お値段もかなり高い。君枝おばあちゃんは風邪のひきはじめにも効くと言っているし、その価値が分かる人には大変喜ばれる贈り物だと思う。「梅肉エキス作れるんですよ!」っていうのはとてもいいアピール材料になるし。こんなことを言っているようではまだまだか。修行を積まねば。


□対馬の樹 http://www.tsushimanoki.net
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by tsushimanoki | 2008-07-03 10:06